ジイの独り言

2017年04月6日up

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じいのひとりごと

子どもに何を期待するか

子どものパーカッションバンドを発足させたことはよいのだが 本人たちも楽しんでおり 周りからも期待されたが ほんの何年かでその実態が無くなってしまったことがある。
保育園 幼稚園 小学校でちょっとお披露目した位で終わってしまった。
子どもたちのスケジュールを合わせるのが大変(塾と家族の行事)なのと 小学校も4年生にもなると 学業というやつが大変(?)になって来るようで その成長と共に ひとりふたりとメンバーが減っていったためである。


妻の所に 音楽学校を打楽器で受験したいから・・・とやって来る子がいる。

「音楽の先生にでもなりたいの? 音楽家になるのに音楽学校なんて要らないわよ。受験のための訓練は 想像以上につまらないことが多いけど 大丈夫?」・・・端で聞いていてハラハラするいつもの言葉。

某楽器メーカーが組織する音楽英才教育 その活動の中で活躍する子ども何人かやってくる。「打楽器曲を作ったから音を出して欲しい」とか「自分の作った打楽器曲を演奏したいから習いたい」とか「曲を完成させるためにアドバイスが欲しい」とか・・・その内容はいろいろ。

何年か前、ある有名音楽家に頼まれて その組織の中でも優秀な子どもが家へ通い始めた。何処かでの妻のコンサートに出会ったらしく その時「私の求めるものはこれ」と思ったというのだ。感はいいし それなりにこなしていくその姿は見事で 私もサスガ・・・と感心した。ところが 中学になって やって来る回数がめっきり減った。「勉強が忙しくなった」と 耳にタコの理由だった。

しかし 3年になる頃の暮れ 久々に親と共に現れ「音楽学校に打楽器で受験したい・・・ついては よろしく・・・」「これからじゃ遅いくらい 並じゃ駄目よ。よほどの覚悟がないとね。」「それでも頑張るから・・・。」 ということで訓練が始まり こんな弟子がいるからと 音大の教授や講師への売り込みも始まった。ところが 2カ月くらいは毎週来ていた彼女が また来なくなった。しばらくして ポツッと親と共に現れ「もともとピアノを続けていたため やっぱりピアノで進学することにする。時間の無いことは解っている どうしたらよいか」というのだ。打楽器は どうも簡単にはうまくできず 思いの外大変で自信がない・・・という理由だった。優秀が故に ちょっとやれば簡単に進学できる。彼女はそう思っていたのだろう。それにしても その話に親も納得したというから・・・私は驚いた。何が目的か解らないが とにかく 親が「何でもいから音大に」だったのだろうと 想像する。その後の彼女が 音大に進んだ話は聞こえてこない。


喘息気味だから・・・と水泳教室に通わせ 子どもの「やりたい」との言葉と「グループで遊べる子に」という親の気持ちで 我が子をサッカーチームに入れた親がいる。小学3年生のその子は 4年続いたその水泳もサッカーも止めて つい最近野球チームに入った。その家の車には サッカーチームのステッカーのかわりに「子どもに夢を」とメッセージされた少年野球連盟の大きなステッカーが貼られている。何かよほどのことか 考えがあったに違いないと聞いてみると 「子どもがサッカーにあきて 野球がいいっていうものですから・・・」だった。
広場で 時々キャッチボールをする親子を見かけるが その手には ビニールのカラーボール。「何か特別な訓練法でも?」と聞いてみると「いやいや 硬いボールは危ないので」だった。・・・??

「子どもの気の向くまま」その気持ちには 色々な背景がある。

「やったものが上手く出来なかった」「仲間に入れなかった」「いやな奴がいた」・・・などの理由で「やっていることから離れたい」一心で「面白くないから 他のことがやりたい」と言ってみたり。親しくしている友人から誘われたり わずかな面白いところだけ目に入ったり・・・。本当にそれがやりたいかは なかなか解り難いものだ。また 子どもは 大人(特に親)が喜ぶことに合わせ 思う以上にウソが上手い。


「子どもに何をやらせる」ということには 様々な考えがある。
あれこれと子どもの気の向くままにやらせることにも それなりの意味がある。それによって 色々を知ることになるだろうし 大人になって「やった」という後悔も「やらせてもらえなかった」という親への恨みも無いかもしれない。「続ければよかった」という後悔も何かに生かすことができるだろう。しかし・・・。しかし・・・・・・・。

 


私は 何かを続けることから得るものの方がより大きいと・・・信じる。
ひとつのことに深くかかわることから 多くを学ぶ・・・「一芸に秀でれば」である。
「何かを続けた」は 社会にも説得力がある。
子どもは その成長と共に視野も広がり やりたいものも変化する。自身で何かを選ぶ時に「役立てば」と 我が子に何を与えるかは 中々に難しい。子どもが将来何をするか?を はっきり決める教育方針もあるが ほとんどの場合は 解らないままの親たちである。

どこまで応援し 協力できるか という親の覚悟も必要になる。何をするではなく「どんな人」に育てるか?も考えてみたいものだ。

著者プロフィール

すだジイ

独り言の主すだジイ

多彩な時代を生きてきた人生経験豊かなジイ。 そんなジイにだから見える景色がある。 忙しく日々を過ごす中で見落としがちな情景。 そこにはたくさんのストーリーがつまっている。 このコラムで綴るのは「街のスケッチ」。 それを通じて何かを感じていただければ幸いです。
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