試行咲互の日々

2016年11月28日up

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大丈夫のチカラ

ある日突然、母子が1対1から1対2になる。よく言われるのは混乱や嫉妬から来る、上の子の赤ちゃん返り。私も妊娠中に不安がないわけではなかったけれど、考えてもわからないことで頭をいっぱいにするよりも今を味わおう、何かあれば夫と相談しながらその時に対処していこうという気持ちでいて、さほど重たく構えてはいなかった。
ふたりめが生まれると、長男の変化は見聞きしていたとおりの予想の範囲内で訪れた。一方で私のほうが、想像すらできていなかった事態に陥った。これまで注いできた我が子への愛情の行き先が突然ふたりになって、その心の配り方、バランスの取り方がわからず長男とぎくしゃくしてしまうのだ。
家族が増える。それは、親子・兄弟関係を手探りであらたに土台から築き直していくことだった。

「上の子が大変になった」というと、自分の精神はそのままで子どもだけ変わったような言い方だけれど。親子共々、初めてのこと。大人だってゆらゆらぐるぐる、揺れ動いている。

「お兄ちゃんが大変になるから、こうしたらいいよ」というせっかくのアドバイスも、産後間もない母親の心身が混乱しているという前提がないと、水面下の濁りがそのまま見過ごされてしまうのではないかと思う。
ある時、長男が赤ん坊の腕をひっぱったり頭をつかんだりを繰り返した。ちょっとしたイタズラ心。まだ力加減がわからないだけ。やさしく制止して教えてあげればいいよね。そう頭ではわかっていたのに、まるで瞬間湯沸し器のごとくカッとなった私は初めて、長男を「やめて!」と突きとばしてしまった。

畳の上で勢いよく半回転した長男はわずかに顔を歪ませ、放心状態。自分がこれまでのように受けとめてもらえなくなったことを悟ったようだった。我に返りあわてて抱きしめて謝ったけれど、今でも私は、あの喪失感の滲む表情が忘れられない。

けれど、落ち込む私に楽観的な夫が言い放った言葉はもっと忘れられなくなった。
「大丈夫だよ。◯◯(長男)は大丈夫だって、信じてあげたいな。」
はっとさせられた。そうか私は、我が子の力を信頼できていなかったのだ。ああ、なんてことだろう。ショックでなんだかクラクラした。

長男を傷つけたくない。寂しい思いをさせたくない。嫌われたくない。……そんなもの、こちらの身勝手じゃないか。

まったく傷つけず、寂しい思いをさせずに育てるなんて無理に決まっている。私は一体何を勘違いしていたのだろう!

 

弟ができたことで長男は試練を受けている?……それ自体が私の思い込みと決めつけだったのかもしれない。確かに苦しそうに見えることはある。でも大人みたいに「自分は悩んでいる」と鬱々と考えたり、悲劇のヒロインになってみたりなんてことは一切なくて、とびきりの笑顔で過ごしている時間だってあたりまえにある。

何が起ころうと彼がどう乗り越えていくか、それだけのことだ。
手放そう。長男を私がどうにかしてあげなきゃ、何かしてあげないとかわいそうだという思いを。

 

「大丈夫」という言葉が一番必要なのは、実は私自身だったのかもしれない。

 

ところで、幸いにも私は「母親の変化」について退院前に助産師さんから教えていただいていた。本能で、下の子を守ろうとするあまり上の子がかわいく思えなくなるかもしれないこと。でも気持ちはかならず戻るということ。

「大丈夫ですからね」「つらいことがあったら相談してくださいね」という言葉が添えられた。聞いた時はピンとこなかったけれど、私はそのシナリオ通りの感情に、見事に直面してしまった一人だ。

夫の我が子を信じたいというくだりとともに、ことあるごとに思い出す「大丈夫」は、今の私を淡々と支えてくれる。静かにたくましくて、ありがたい言葉である。

(つづく)

著者プロフィール

藤樫怜子

藤樫 怜子

麻生区で年2回開催のVege&Fork Marketスタッフ。福祉施設職員、幼稚園教諭を経て、植物性スイーツのパティスリーで製造販売、教室運営に携わる。その後『かぼちゃのおうち』の屋号でオーダーメイドのアニバーサリーケーキ受注を開始。独自の感性で世界にひとつの「想い」をデザインする楽しさに熱中する。また、野菜料理カフェでの接客を通して身体と心と食のつながりを学ぶ。 3ヶ月間カリフォルニアの日本語幼稚園で保育補助をする機会に恵まれ、保育の楽しさを再確認して帰国。スイーツの世界から完全に退く。1年後に長男、2年後に次男を出産。 複雑な感情に揺れながら子どもと向き合う日々。母としてたくましく愛情深く育っていく(であろう)過程を綴ります。 子も親もお互いに、きれいな花を咲かせよう。
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